トゥールミンモデルと三角ロジックの解説。生産性のある議論にする方法
議論の現状
あなたが会社の会議に参加したとき、テレビで国会中継を見ているとき、討論番組を見ているときに以下のような経験をしたことはありませんか?
- 議論のポイントが定まっていないのに議論が始まってしまった
- 討論者同士が焦点の異なる発言をしていて議論がかみ合っていない
- 理由を聞かずに主張に反対していて、そもそも議論になっていない
このような議論はどこか違和感を感じつつも、明確にどこに問題があるのか分からず、イライラしてしまうことがあるかもしれません。では、具体的にどのようにすれば生産性のある議論にすることができるのでしょうか? 生産性のある議論をするためにはスポーツと同じように、必要な道具(議論モデル)を使って、参加者が共通のルールに則って議論を進めていく必要があります。これらの基準があることによって、どういう議論が有効で、どういう議論が違反なのかを正しく評価できるのです。この記事では議論の基準、すなわち、どういうときに論証する必要があり、どのように論証し、どのように反対すれば良いかをご紹介します。
論証が求められるとき
そもそも論証とは何かを確認しておきましょう。論証とは、異なる意見を持つ他者に対して、図1のように主張(Claim)を行い、それを支持する根拠(Data)や論拠(Warrant)などの関係性を提示することです。根拠(Data)とは事実のことであり、論拠(Warrant)は事実をどのように捉えたかを示します。根拠(Data)の捉え方は人によって異なるため、論拠(Warrant)を明示しておく必要があるのです。そして、生産性のある議論は「論証を基礎単位として話し合うこと」といえます。
[図1] 主張・根拠・論拠の例
論証責任とは?
論証責任とは、何かを主張(Claim)したときに、その主張に至った根拠(Data)と論拠(Warrant)を提示することです。すなわち、何かを主張(Claim)したときには、その主張に至った根拠(Data)と論拠(Warrant)を挙げて論証する責任があり、これらが欠けた主張(Claim)は論証責任を放棄した放言とされます。なお、論証責任を果たした主張(Claim)は、どのような場合でも一つの意見として尊重されるべきものです。
論証責任が生じる条件
では、主張(Claim)にはどのようなものがあるでしょうか? 横山雅彦氏は以下の何れかが含まれていることと定義しています。これらに共通していることは発言者の意志・主観が示されていることです。
- 相対的な形容詞(重要だ、好ましい、難しいなど)
- 助動詞(できる、かも、べきなど)
- 主観的な動詞(思う、考える、感じるなど)
どのように論証するか
アリストテレスはオルガノン(分析論前書、分析論後書)において三段論法についてまとめています。三段論法の一例を挙げると以下のようなものです。
- 大前提:全ての人間は死すべきものである。
- 小前提:ソクラテスは人間である。
- 結論:ゆえにソクラテスは死すべきものである。
しかし、トゥールミンは三段論法は論証としては不十分であると指摘しており、新たにトゥールミンモデルを提案しました。そして、トゥールミンモデルの一部を抜粋する形で三角ロジックが取り上げられました。三角ロジックとトゥールミンモデルは以下で紹介しますが、現在はこれら2つの議論モデルが主流として使われています。
三角ロジック
図2で示すように三角ロジックは後述するトゥールミンモデルから、議論の主役である主張(Claim)、根拠(Data)、論拠(Warrant)を抜粋したものです。「三角ロジック」の命名は松本道弘氏、普及には横山雅彦氏が貢献しており、三角形の配置は日本独自のものとされています。
- 主張(Claim)
自分の意見のことです。 - 根拠(Data)
主張(Claim)の裏づけとなる事実のことです。これにより主張(Claim)の妥当性を高めます。 - 論拠(Warrant)
根拠(Data)をどのように捉えたかを述べることです。これにより主張(Claim)と根拠(Data)の関係性を明らかにします。
[図2] 三角ロジックの例
三角ロジックは、例えば以下のように使います。
- 根拠:西の空に雨雲がある。
- 論拠:雨雲は西から東に移動する。
- 主張:明日は雨が降るだろう。
また、同じ根拠(Data)であってもどう捉えるか(論拠(Warrant))によって主張(Claim)は変わります。例えば以下のようなものが考えられます。
- 根拠:西の空に雨雲がある。
- 論拠:気温や気流の関係で雨雲は消える。
- 主張:明日は晴れるだろう。
天気予報がテレビ番組ごとに異なる理由は、同じ根拠(Data)を参照していても、気象予報士さんによって論拠(Warrant)の捉え方が異なるためですね。このように根拠(Data)が持つ意味は一意ではないため、議論において論拠(Warrant)を明示しておくことが大切なのです。
トゥールミンモデル
図3で示すようにトゥールミンモデルはイギリスの科学哲学者トゥールミンによって提唱された議論モデルです。まず、論証の基本形として主張(Claim)、根拠(Data)、論拠(Warrant)からなる枠組みを示しました。そのうえで、議論の蓋然性(不確かさ)を考慮し、信憑性を高めるために裏づけ(Backing)、反証(Rebuttal)、限定詞(Qualifier)の使用を提案しています。なお、トゥールミンはこれら6つの要素すべてが揃った状態のことをプリマファシエ(ラテン語で、明らかな、明白な状態)と述べています。
- 主張(Claim)
自分の意見のことです。 - 根拠(Data)
主張(Claim)の裏づけとなる事実のことです。これにより主張(Claim)の妥当性を高めます。 - 論拠(Warrant)
根拠(Data)をどのように捉えたかを述べることです。これにより主張(Claim)と根拠(Data)の関係性を明らかにします。 - 裏づけ(Backing)
論拠(Warrant)を支持する根拠を示すことです。論拠(Warrant)は人によって相当異なるため、裏づけが必要となります。 - 反証(Rebuttal)
論拠(Warrant)の保留条件を提示することです。蓋然的(不確か)な議論をする以上、主張(Claim)と根拠(Data)の関係性を100%保証することはできません。このため、予め保証できない条件を想定して、保留条件を設定しておくのです。 - 限定詞(Qualifier)
論拠(Warrant)の確かさの程度を示すことです。蓋然的(不確か)な議論をする以上、自身の論証の正しさの程度に制約をつける表現が必要となります。
[図3] トゥールミンモデルの例
トゥールミンモデルは以下のように使います。
- 根拠 :西の空に雨雲がある。
- 裏づけ:地球の自転によりコリオリの力が働く。
- 論拠 :雨雲は西から東に移動する。
- 反証 :気温や気流が大きく変化しない限りは、
- 限定詞:おそらく、
- 主張 :明日は雨が降るだろう。
どのように反対するか
相手の論証に反対するのにもルールがあります。以下の三角ロジックに対して反対する場合のことを考えてみます。
- 根拠:西の空に雨雲がある。
- 論拠:雨雲は西から東に移動する。
- 主張:明日は雨が降るだろう。
3種の反対方法
相手の論証に反対する方法は反駁(Rebuttal)、質疑(Question)、反論(Antithese)の3つがあります。
-
- 反駁(Rebuttal)
主張(Claim)以外の要素の虚偽・矛盾をつくことです。例えば、以下のようなイメージです。
根拠に対して:雨雲レーダーが狂っている!
論拠に対して:風向きによっては雨雲の移動方向が異なる!
[図4]反駁の例 - 質疑(Question)
主張(Claim)以外の要素に論証責任を求めることです。例えば、以下のようなイメージです。
根拠に対して:なぜ西の空に雨雲があるとわかるのですか?
論拠に対して:なぜ雨雲は西から東へ移動するのですか?
[図5]質疑の例 - 反論(Antithese)
新たに対立する三角ロジックまたはトゥールミンモデルを立てて論証することです。例えば、以下のようなイメージです。
根拠:西の空に雨雲がある。
論拠:気温や気流の関係で雨雲は消える。
主張:明日は晴れるだろう。
- 反駁(Rebuttal)
禁止事項
主張(Claim)自体に反対することは破壊的批判(個人攻撃や人格攻撃)とされています。論証責任を果たしている以上はどのような意見であっても一つの意見として尊重し、論証過程すなわち根拠(Data)や論拠(Warrant)など、主張(Claim)以外の要素を検証することで論証の説得力を比較するようにしましょう。
- 主張:明日は雨が降るだろう。
- 反駁:いや、明日は晴れるって!
このような議論は不毛であるとしか言いようがありません。このような場合は、相手の主張に対して論証責任を果たすよう求め、相手の根拠(Data)や論拠(Warrant)に対して反対するようにしましょう。
トゥールミンモデルと三角ロジックのまとめ
生産性のある議論にするには、スポーツと同じように必要な道具(議論モデル)を使い、共通のルールに則って議論を進めていく必要があります。まず、何かを主張(Claim)したときには、最低限その主張に至った根拠(Data)と論拠(Warrant)を挙げる責任、すなわち論証責任が生じることを学びました。次に、論証責任を果たすための議論モデル、三角ロジックやトゥールミンモデルを学びました。そして、反対する場合には3つの方法(反駁、質疑、反論)があり、相手の主張(Claim)自体に反対することは禁止でしたね。これらを用いて生産性のある議論をするようにしましょう。
参考文献
- Stephen E. Toulmin(1958). The Uses of Argument. Cambridge University Press.
- 松本道弘(1977). 知的対決の方法 討論に勝つためには. 産業能率短期大学出版部.
- 松本道弘(1978). ディベートの方法 討論・論争のルールと技術. 産業能率短期大学出版部.
- 横山雅彦(2006). 高校生のための論理思考トレーニング. ちくま新書.
- 横山雅彦(2016). 「超」入門!論理トレーニング. ちくま新書.
- 福澤一吉(2018). 新版 議論のレッスン. NHK出版新書.
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